淀江町今津は、湊町淀江の東端に位置する。
つまり伯耆街道を鳥取方面からやってきた旅人は、この今津において淀江の町に入ってゆくのである。
曇天の仲冬の頃、今津の西側にある淀江漁港を起点に東に向かって歩き始めた。
撮影日 2025.12.6
camera CANON G7X MarkⅢ

寒風吹きすさぶ港。
この日は気温8℃。体感温度はもっと寒く感じられる。
風がビューっと吹く。心が折れそうになる。

寒さにめげず、ツバキは頑張って成長している。
心折れている場合ではない。

町はほぼ一本道の両側に家々があるのみ。
こういった景観は、江戸時代当時と同様のものだろう。

散り残る葉に冬の訪れを感じつつ。

妻木川を渡る。
妻木川は大山山麓の孝霊山から流れ来る。
写真は下流方面。

今回の目的地の今津の金毘羅灯篭。
金毘羅大権現は海の守り神。
灯篭に天保5年(1834年)12月の建立とある。今も12月だから、191年前。
長い時を経ながらも淀江の町を守り続ける。

時を刻んだ灯篭の石肌と、その石を積み上げた地域の人々の思いに畏敬の念を抱く。

畏敬の念を抱いた後に覗いてみる。
思いは重いが、自分のやってることは軽い。

ここ淀江の地は、古代から江戸時代まで、汗入(あせり)郡という行政区画に属していた。
今では聞きなれないが、部分的にはこうしてその地名が残っている。

伯耆街道から美保湾を望む。
海を隔てて向こう側には美保関半島が見える。
伯耆国は、このように雄大な景色が特徴。

遠く孝霊山を望む。
そこから染み出してくる水が、田畑への水分及び養分の供給、人々への飲み水の提供、水運等々、人々の生活を豊かにしてきたのだろう。

風見鶏。
今日はどちらに行きますかー?って言っている。
そう言えば、自分が通っていた保育園にも風見鶏が居たなあ。

淀江漁港前の恵比寿神社に戻ってきた。
どんよりした雲の合間から晴れ間が覗く。
荒涼としたロケーションによく似合う。