撮影日 2025.11.25
camera CANON G7X MarkⅢ
今回は米子市淀江町淀江。江戸時代に宿駅のあった湊町だ。
伯耆街道は大山の山麓が扇形に拡がる海沿いの道を西に歩き、ようやくこの淀江の地を経て米子平野が開けてくる。
淀江は江戸時代には大変盛況だったようで、資料によると江戸時代200年でその人口が10倍近くに急増したとのことである。
伯耆街道を中心に小路や水路が縦横に張り巡らされていて、歩いてみると、意外に(と言っては失礼だが)、理容店、酒屋、服屋等、多くの商店が営業されており、当時の盛況さの一端が感じられたような気がした。

駅前のパーマ屋さん。
面白い入口。
そう言えば今回営業中の理容店を3、4件見たな。
おしゃれ需要のある土地柄なのだろうか。

服屋さんも2、3件あったような。

酒屋さんにやかんがぶらさげてあった。

今回は淀江駅からスタートし、淀江台場跡を目指して歩いた。
鳥取藩には8か所の砲台が設置されたそうだが、淀江台場はそのうちの一つ。江戸時代末期ペリー来航の折、海岸防備の機運が高まり、淀江の庄屋松波宏年が土地を提供して地元の人の協力を得て作ったとのこと。
これだけの工事をしたということは、その分だけ当時の人々の危機感があったということなのだろう。
土塁を上がっていく。

土塁の上から美保湾を望む。
淀江台場は、美保湾の東岸に作られていて、丁度、淀江の町を東から見守るように作られている。
また大砲の射程も4㎞あったとのことだから、美保湾への侵入を防止するに良い土地を選んで普請したのだろう。

土塁の内側には公園が整備されている。
ベンチから秋の哀愁が漂う。

紅葉も落ち葉となりやがて土に帰っていく。
長い冬を越えたら、また新しい緑が出てくるだろう。

淀江は町の真ん中を宇田川が流れる。その豊かな水運を利用して生活していたのだろう。
このような水路が縦横に張り巡らされている。

町の中ほどで道がクランクになっている。その角には精明寺。
道が折れ曲がっているため突き当りに見えるのが印象的。

こうして切り取ったら面白いな(笑)

淀江駅に帰ってきたら雲の間から光芒が降り注いでいた。
「頑張りましたね~」って。

駅前のお花畑。
カラフルで綺麗。










