日別アーカイブ: 2025年10月24日

街道を歩く~米子・外堀通り~

近世米子城は、毛利元就の孫・吉川広家が領内の本拠地の適地として、この米子の地を選び整備を始めた。ただ、広家は、城下町完成前の関ケ原戦後に転封となり、その後、新たな城主中村一忠によって城下町が完成した。米子の地は、軍事面だけではなく、政治・経済・交通の面で領内の最適地として選ばれたようである。
今回は、米子城の外堀であった通称外堀通りを歩いた。米子城の内堀と外堀との間が侍屋敷地区であったため、今歩いてもところどころにその面影が感じらる。

撮影日 2025.10.24
camera CANON G7X MarkⅢ

街路樹もチラホラ色づき始めている。
船は、外堀~中海を航行する遊覧船。

建物の間から米子城跡が見える。
米子城は、五重の天守閣。きっと城下町から望むその姿は、壮麗なものだったに違いない。

やたら目についた「駐車場」の看板(笑)
これだけあれば行き過ぎない。大丈夫。

赤いたこ焼き屋さん。
ここは天神町。
「お母さん、天神のたこ焼きにしよ!」

堀の向こうには幅の狭い建物が立ち並ぶ。
当時から町屋の長屋が密集していたのだろう。

外堀通りは、現在でも交通に生活に用途が多い道路。
多くの車や人が通る。

廻船問屋後藤家住宅。
立派な切妻屋根。
船が着き、荷の揚げ降ろしをする様子が思い浮かぶようだ。
場所は中海に近く立地の良さが伺える。

後藤家は江戸時代初期に石見の国から移り住んだとのこと。
これは後藤家の家紋?

後藤家すぐ前の外堀。
奥にはすぐ中海。
手前には撮影者。

犬とお散歩中の方に撮らせていただいた。
歩道が良く整備され、腰をかける場所も多く、ホントに良い散歩コースである。

ナナカマドの実。
日光に照らされて良く映えていた。