日別アーカイブ: 2025年10月19日

街道を歩く~日野町黒坂~

日野町黒坂。
現在では、日野町内の政治・交通等、生活の中心地は日野町役場のある根雨だが、古代律令制の時代まで遡ると、郡の役所、いわゆる郡家(郡衙)はこの黒坂の地に置かれていたようである。
また、江戸時代初期には、伊勢亀山城主関一政がこの地に転封された際に、日野川に包まれかつその土地が比較的広く、立地の良い場所としてこの黒坂の地に城下町を普請した。
黒坂は、古代からの時間の縦軸で観察してみると充実した歴史を有し、また、町を歩き空間的な横軸で観察してみると、山と川に囲まれた堅牢な防衛機能と縦横に真っすぐ整備された上品な街並みに非常に趣を感じる。

撮影日 2025.10.7
camera CANON G7X MarkⅢ

いい天気。
次第に秋の空に移っていく。
屋根の鯱も気持ちが良さそう。

日野往来が黒坂の町屋の間を真っすぐに走る。十分に昔情緒が感じられる。他では見られない印象的なストリートだ。

「人となるというのは 迷うということです」
ホントにそうです。
強弱の差はあれど、人は常に何かしらに迷いながら生きている。
迷いを経験した程、充実した人生になるだろう。

迷い人。

おしどりが応援してくれている。
「頑張れー、迷い人ー。」

メインストリートの一本外側の通り。
アスファルトを土に変えてイメージすれば、充分昔のままの風景が想像できる。
黒坂の町は、天然の堀に守られ防衛機能が高いためか、堀内の町並みは機能性を考慮して真っすぐな道路が整備されたようである。

今回黒坂の町を歩いたところ、買い物ができる商店は、この長尾商店さんぐらいかと思った。
この町の生活を支えるお仕事に頭が下がる思いだ。

旧山陰合同銀行の建物。
レトロな質感がとても上品。

町の南端にある曹洞宗光明寺。
黒坂の町には北と南の各入口付近にお寺や神社が配置されて、町の防衛のための機能も担っていた。
こちら光明寺は、南の入口、即ち備後(広島県)側からの侵入に備えて配置されたとのこと。
黒坂の町は日野川の自然の堀にも囲まれて、非常に防衛機能が高い町だったことが、歩いていても非常に良くわかる。

JR黒坂駅前の通り。
パラパラと人の影。簡素な空気感に好感。

JR黒坂駅。
奥には、黒坂城、即ち関一政により築城された鏡山城跡。

駅舎の中にお人形さん。熊野詣のお土産かな。
昔も徒歩の時代には、寺社巡りや大山牛馬市等の旅人が、この地を通っていったのだろう。