僕の世代の人間には、この辺りは、”大山町”ではなく”中山町”と呼んだ方が土地勘が湧くだろう。
旧中山町は、中国最高峰の大山の裾野にあり、旧町の丁度真ん中を貫くように流れる甲川沿いの森に仕切られて、大きく二つのエリアに分かれている。
東の平野には甲川、西の平野には下市川が流れており、それぞれ扇状地のような平地が拡がる。
今回は、東側の下甲及び赤坂界隈を散歩した。
この二つの集落の真ん中には国道9号線が貫かれており、車が普及する以前の山陰道(伯耆街道)もこの辺りを通っていただろうことが想像される。
中山町は、東の八橋、西の御来屋の比較的大きな町の間にあり、多分、伯耆街道の旅行者はいずれかの町で休息なり宿を取ったはずであり、この界隈は単に通過するだけの地域であったのに違いない。
それでもこの辺は、南に大山、北には日本海、道の周囲には大山黒ボクの田園風景の雄大な景色が広がっており、昔からの景色のままであることを考えると、たっぷりと昔情緒に浸されるのである。
撮影日 2025.8.24
camera Canon G7X MarkⅡ

畑の野菜。
大山黒ボクと言ったらブロッコリーのイメージだが、この野菜は?
う~ん、わからない。
まあ、野菜ですね(^_^;)

奥に見えるのは、下甲稲荷神社。
稲荷神社とは、穀物等、食物を司る神様。
農業の盛んな地域。農業の繁栄を願って建立されたものであることが伺える。

下甲地区内の路地。
綺麗で風情のある道が縦横に通されていた。

遠く西の空の下まで続く伯耆街道。

路傍には綺麗なお花。
名前が分からないので帰って調べた。
「ペチュニア」かな?

道端に小さな石塔が2塔。
何かの願いを込めて作られたのだろう。
道路も石塔も何もかも全ては人の精神の現れ。この石塔の形一つとってみても、世の中の事物に正解ってあるだろうか。僕には万人共通の正解って無いのだろうと思える。全てはそこにいる人の心の現れなのだから。強いて言えば、どんな事物もそこに現れた形が全て正解だと言える。
だから何一つ、自分を憂いたり悲観することはないのだ。全ての人が自信と思いやりを持って力強く歩いていけば良いのである。





